妹尾隆一郎プロフィル
      Weeping Harp Senoh



 自他共に認める日本におけるブルース・ハーモニカの第一人者。
 約40年、ハーモニカだけを吹き続けている。

 1949年6月17日大阪市生まれ。

     幼少の頃は、祖母が毎晩聴いていた『浪曲アワー』が子守唄となっていた。

     大学入学のため上京、ポール・バターフィールドのハーモニカに衝撃を受け
     ハーモニカを猛練習する。

 72年 BBキング来日。ウエストロードと共に前座で出演。

 74年 ブルースバンド「ウィーピング・ハープ・セノオ&ヒズ・ローラーコースター」結成。

    久保田真琴と夕焼け楽団『サンセット・ギャング』のレコーディングに参加、妹尾隆一郎初のスタジオレコーディングと成る。

    (しかし、実は幼稚園児の頃、NHKラジオ『江崎グリコ児童音楽コンクール』に於いて
     「七つの子」を歌い、二等賞と成り、グリコキャラメル一年分を副賞として貰う。
      その歌をSP版に録音したので、この時が本当の初レコーディング)

 76年 ビクターから、ブルースでは異例のヒットと成ったファースト・アルバム『メッシン・アラウンド』発表。

 80年頃 NTV『11PM』世界の夕陽・機関車シリーズの音楽担当。

      NTV 木曜スペシャル・世界のSLの音楽担当
 
     『デイブレイク』をラジオシティから発売。

     ビートたけし、上田正樹、もんた&ブラザースなどのコンサートツアーに参加。

 89年 シカゴからハーモニカ・プレイヤー、シュガー・ブルーを招聘し、 全国ツアーをプロデュース。

 90年頃 桑名正博のグループに参加。

 93年 『はもにか道場』ハモニカプレイヤー三人がメインのグループを結成。

 91年 14年ぶりのリーダー・アルバム『サムシング・フォー・リトル・ウォルタ(ローラーコースター名義)をVIVID SOUNDから発表。

 95年 ローラーコースター5枚目のCDをPヴァインよりリリース。

    大好評の教則ビデオ第3弾『ブルース・ハープ・ベーシック・フレージング』がリットー・ミュージックより発売される。

 96年 三重県伊賀上野においてコンサート「伊賀ブルースの乱」のプロデューサー務め、大好評を博す。

     Seno-Teraにて「ワン・モア・マイル」(マイルストーン)を発表。

 97年 関西方面にて若いブルースマン、ブルース・ファンを発掘し育てる活動を続ける。

 98年 NHK朝の連続ドラマ「やんちゃくれ」のハーモニカ担当

 99年 元キャロルの内海利勝、元トランザムの西浜哲男らとBlues File結成、エアプレーンよりアルバムデビュー




 ハーモニカ・プレイヤーとしても、ますます信頼が厚く、様々なアーティストとのレコーディング
 およびステージ・セッションに顔を出す。
 過去に遡っても、サザン・オールスターズ、上田正樹、かまやつひろし、桑名正博、オーティス・ラッシュ、
 優歌団、泉谷しげる、もんたよしのり、プリンセス・プリンセス、B'zを始め、共演は数多い。

 テレビアニメ『カウボーイ・ビバップ』でのハーモニカ1本でのソロは、
 今でも話題と成っている。





アルバム/BLUES FILE『ブルースファイル遊び足りない子どもたちへ』(Airplane)
     ローラーコースター『ザッツ・ナッシング・ニュー』(VIVID sound)
              『キープ・イット・アップ』(VIVID)
              『ブギー・ディスカウンター』(VIVID)
              『サムシング・フォー・リトル・ウォルター』(VIVID)
              『キープ・オン・ゴーイン』(Pヴァイン)
         Seno-Tera『ワン・モア・マイル』(マイルストーン)
        妹尾隆一郎 『メッシン・アラウンド』(ビクター・フライングドッグ)
              『ブギ・タイム』(ビクター・フライングドッグ)
               以上2枚はPヴァインからCD化された。
        デイブレイク『デイブレイク』(ラジオシティ)
              『Year! The Blues』(ビクター/近藤房之助 他)

教則ビデオ/ベーシック・ブルースハープ
      プロフェッショナル・ブルースハープ
      ブルース・ハープ・ベーシック・フレージング
       ブルースハープの常套句(DVD化されてます)
            (以上いずれもリットー・ミュージックから)